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「サイエンスで地方創生」した街から学ぶイノベーション

2019-12-27 15:00

1週間前、「イノベーションビレッジ」の秘密についてベンチャー企業と論議するために山形県鶴岡市まで行ってきました。かけ流し温泉に入りたかったのもあります(笑)

面白いなあ、と感銘を受けた部分もありつつ、あれっと思った部分もあったので、言葉を選びつつ、感じたまま書いていきます。

「サイエンスで地方創生」を目的にした鶴岡市

全自治体の約半分の896の市町村が2040までに消滅の可能性がある日本で、鶴岡市は、10年以上前の2001年に、町おこしかつ未来への投資として慶應義塾大学の先端生命科学研究所を誘致。(略称:先端研)

現時点で6社のスタートアップが誕生し、1社が上場している。

最初は田んぼに囲まれていた研究所でしたが、周りに成功したベンチャー企業の工場やホテル子供用の屋内遊戯施設などが建築され、少しずつ街が活性化している今日この頃。

設立当時は、周りの住民からも批判されたが、鶴岡初の上場企業を生み出したことで市民からも認められるように。

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ポイントは意思決定ができる市長がいたこと

ここでのポイントは、鶴岡市に慶應大学の研究所を誘致するという決断を下せる市長がいたことです。日本の一番大きな問題点の一つは、責任を恐れて決断下す人がいないため物事が前に進まないことではないでしょうか。

何が起きたかというと、「そんなことのためにお金を使うのか」と批判されながらも、当時の鶴岡市長は、代替案はあるのか?という問いで相手を沈黙させ、納税者のためではなく次世代のための種まきとしてお金を使うのだ、と割り切った。そして、今はお金がないが、今、予算の5%を研究に投資すれば、その研究が実を結んだときに市に再投資してくれると主張。

ほとんどの市町村は、今なにかタネをまいておかないと遅くなる、というのはコンセンサス自体は取れているのが現状です。その「タネ」が何かを各自治体の意思決定層が意思決定できていないのです。

山形の研究所で「一群は東京」を覆した

所長の冨田勝教授に解説していただきながらキーとなる現地の施設を訪問してきました。(慶應大先端生命研究所バイオラボ棟、メタボローム研究ラボ、ホテル スイデンテラス)

富田先生の経歴

スペースインベーダーでPC好きになる。米国カーネギー・メロン大学でAIの助教授を勤めてから、ヒトゲノム計画に魅せられて、バイオ分野の研究者に転身。コンピューターの知識を活かしたデータドリブン生命科学についてとなえ始める。 そして、帰国して10年後くらいに鶴岡に生命科学分野の研究所をつくれとお指令が。「山形にいるうちはなにも変わらないよ」という周りからの期待のなさが逆に原動力になった

成功の一番の要因はメタボローム解析

お話を伺っていて、個人的に私が出した一つの結論は、「この研究所の一番の成功要因は、取り扱いが難しくなく、応用が利き易いメタボローム解析を初期に確立させたことにある」でした。少し解説していきます。

研究所の最初の注力分野として富田教授が選択したのは「細胞の全”代謝物”のデータ」を集めることでした。従来の研究のやり方である、仮説を立ててからデータを収集しに行くのではなく、全部のデータがあれば何かしたの仮説はたてられるでしょう、というやり方です。(このやり方が「データドリブン」と呼べるのかは違和感もありますが)

この分野で優秀だと判断した曽我さんを熱意で口説き、鶴岡で「細胞の全”代謝物”のデータ」を集める装置・プロセスの開発に一緒に取り組む。そして、できたのがメタボローム解析でした。

kikai 現在は、上記のような24時間で40サンプルを分析できる全自動の機械に知識が集約されています

業界は冷ややかな反応でしたが、「病状や体質によって血液中の代謝物に濃度の違いが出てくる」ことが発見され、それを活用して「1滴の血液でがん診断」という実用方法を見つけたのがブレークスルーとなり、唾液や排泄物に含まれる代謝物の濃度に関す研究に繋がっています。

現在は、高校生研究員や社会人研究員、その教育理念などが注目されている富田教授および先端研ですが、まさにこの「研究への参入障壁の低さ」が、成功の起源はメタボローム解析にある、と思うようになった経緯です。

教育理念:日本に圧倒的に足りないのは他人と違うことをやる人

簡単に言うと、従来型の「エリート」にはなるな、というメッセージをいただきました。

本当のブレイクスルーというのは最初は「ホラ」に聞こえる。できないかもしれないけれどできる可能性もあるのであればチャレンジさせる、そしてそのあとは「個」の突破力に任せて邪魔せずに応援する、というスタイルで学生に自由に研究をさせる富田教授。育てたいのは、時流や権威におもねって点数を稼ぐ優等生ではなく、他人と違うことをやる失敗に対して抵抗がない人。「ふつうだよ」という言葉が全否定になる環境だという。

ただ、首席でフランスの名門大学を卒業するという従来型の「エリート」でありながら、NGOでの活動でテクノロジーを人道支援を融合させるなど新種の「ディスラプター」でもある私からすると一言付け加えたくなりました。

ピカソのキュビスムが代表例ですが、「型を崩すためには、その型をまずは習得しなければいけない」と思うからです。ピカソも画家としての基本がしっかりしていたからこそキュビスムにたどり着いたのです。(少なくともバルセロナのピカソ美術館ではそのように教わりました(笑))

一度、ルールをマスターしておかないと、効果的・効率的なルールの守り方も見えてこないのではないでしょうか。シンプルな例ですが、意味のないと思った校則に徹底的に反対して曲げさせるということを高校時代にやったことがあります。これは、中学時代は校則に従っていたからこそ、その時の経験から特定の校則の意味のなさに確証を持てたからできました。

日本に他人と違うことをやる人が圧倒的に足りないのは大賛成です。論点は、いかにエリートとしての知識・経験をディスラプトすることに使える人材を育てるか、いかに「個」の突破力で乗り切る強固なベースを持ちながら失敗を恐れずにチャレンジしていける人材を育てるか、であると思っています。

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高校生向けの特別研究生制度

高校3年間/大学の最初の2年間が日本の教育を変える一番のポイントだと信じ、富田先生は現地の高校生向けの研究プログラムを導入。 「研究のために勉強するのって楽しい!」と思ってもらうことで勉強するモチベーションアップにつなげてほしい、街をよくするには外部からの優秀な人材も欠かせないが現地生まれのその場所に愛着のある人も必須だ、という信念もあるのだとか。

募集時のメッセージにぐっときたので共有します

鶴岡から世界的な科学者を育てたい そのためには高校時代から最先端の研究に携わることが重要です そこで僕は、君たちに世界最高の研究環境とコーチを用意します あとは君の情熱と勇気次第です

気になる応募条件はー

  • 博士号を取得して世界的な生命科学者になるという強い意欲を持っていること
  • 鶴岡市を世界的な学術文化都市にする、という高い志と持っていること
  • 研究成果とアピールすることによって、AO入試で大学受験するという気概と勇気をもっている

こちらの3つ目の条件は、「研究成果をアピールすることでAO入試で受かるから、受験勉強を禁止する!」と高校生に告げているに等しいので、確かに「気概と勇気」が必要になってくる条件です。

ちなみにAO入試は、まだ賛否両論ありますが、浸透には少なくとも1世代かかるため、成果が見えてくるのは30年後というのが富田先生のお考えです。

大企業のエリート向けの”サラリーマンの放牧”コース

もう一つの面白い取り組みは、バイオビジネスイノベーター育成コースという企業幹部候補生向け分離融合カリキュラム。大企業と提携しており、明治安田生命や第一生命さん、日本ユニシスさんが優秀な人材を先端研に派遣している。 派遣された方は、そもそも自分が派遣されたミッションを考えることをミッションに、大企業の制約から離れて、地方でのびのびと考えを巡らせるチャンスがもらえる。 給料フルで出ながら、研究費もだしてもらえるため、なかなか豪華な「放牧」ですよね。MBAに出すお金があったら、アメリカに行かせるよりはこっちのほうがいいというのは共感できる気もしますが。

最近は、レガシーと分散型が融合したDigital Identityソリューションについて研究ができる大学院に行きたい!と強く思うことも度々なので、私もこの制度欲しいです。 (研究してないで現場で実装!と強く思うことも度々。)

toile 「HOUSE清川屋」の「日本一癒されるトイレ」のある鶴岡市(クラゲ効果)

富田先生へのQ&Aから考えるイノベーション

なんのための起業?

当初から、先端研からベンチャーを生み出す前提で動いていたのか、という質問だった気がしますが、いつの間にか議論は起業の目的について。 IPOしてすぐにやめてしまう金目的の社長さん(金融資本主義)を見ると、否定はしないけれど、違和感を抱くそう。預けるなりなんなりしてなにもせずにお金を増やすのではなく世界に対価を生み出して金を増やせー!とおっしゃっており、世界を変えたい想いが伝わってきました。

文系・理系は無いほうがいい

「文系だから~」「理系だから~」という言い訳に使われているため。

鶴岡でよかったこと

こちらは、東京都から選出されている国会議員と他の市町村の方から来ていた「東京都に物申すなら」と「コラボレーションしたいです」という質問・リクエストへの回答をまとめています。

鶴岡は東京から適度な距離感。東京から通える程近くないため、来てくれるのは覚悟をきめた人たち。東京にはベンチャーと大企業の「お見合いイベント」がたくさんありますが、やる気のあるベンチャーはそんなものがなくても動くとのこと。基本、手厚くしすぎないほうがいい、放牧させとく、というのが富田先生のポリシー

日本は、地方を格上にする必要がある。お願いだから、東京のインキュベーション施設にベンチャーを囲い込まないでほしい、とのこと。交通時間短縮にもつながるし、もっと地方にインキュベーションするべき。

ベンチャー企業の評価方法

ベンチャー企業の評価方法をベンチャー企業の社長さんたちと議論する機会があったので、書き留めておこうと思います。

1. 製品の有無

3年以上のベンチャーで製品を出していないところは要注意

2. 特許

数があっても、技術の本質的なところに関わる内容ではないと要注意

3. 社員の待遇

資金調達はできているのに、社員の給料を抑えようとしているのは要注意

4. 資金調達元

偏っていると要注意

5. 執行役員

連続して辞めている、共同創業者がやめている、と要注意

【おまけ】選択と集中と少しのハッタリが必要

先端研は、100万円かけて片側の壁を鏡にして、置いてある機械が2倍あるかのように思わせて、来客者にインパクトを与えている。両方の壁を鏡にしてしまうと無限大に広がってしまうため「少し」のハッタリがポイントだそう。

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